太平洋戦争中の金属類の強制供出によって、当時存在した多くの半鐘・鰐口は持ち去られ、接収を免れたものは町内に限らず県内においても数少ない資料である。
「半鐘」については元禄7年の鋳造であり、町内最古の木造建築であった正法寺本堂建立に伴い作製されたものと考えられ、また銘文から昭和町の近世農村社会における寺院と信徒の関係を知ることができる貴重な資料である。
「鰐口」は銘文から正法寺に奉納されたことが明確で、施主が檀家の「清水道樹」で、内室の「妙経」の「逆修供養」のために奉納したものとわかる町内における江戸時代中頃の信仰形態を伝える貴重な資料である。
備考 | 平成28年3月1日 町指定文化財 |